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私の日々の食生活は、この世の権力者と商売人が生み出した文化や慣習からはほど遠いものです。

 

以下をご覧ください。

 

口にする食材・食品(・薬)
水4L、天日海塩20-25g、リノール酸油100g、バター100g、オリーヴ油、キャベツやホウレン草や大根葉やからし菜や白菜やネギ以外の青菜、海藻、鳥類肉、魚介類肉、小麦粉でできたパスタ・バケット・素麺・うどん・塩クラッカー、緑茶、ほうじ茶、番茶、珈琲、麦茶、香草茶、、ココアパウダーとカカオ100%チョコレート、医者から処方されている薬

 

たまに時々口にする食材・食品
鶏卵、鯨・イルカ肉

 

人生から永久追放、または、(うっかり口にするということを考慮に入れ)ほぼ排除した食材・食品 ()は代表的な食品
陸生哺乳類肉、牛乳、バター以外の乳製品、砂糖、蜂蜜、酒、酢、味醂、スパイス、缶詰製品、ゴマ油、ココナッツ油、芽を出す元となるもの全般:米、ライ麦、蕎麦、全粒粉、ゴマ、芋(ジャガイモ、サツマイモ、サトイモ)、豆(麦味噌と醤油は除く)、実野菜(キュウリ、ズッキーニ、トマト、ナス、ピーマンなど)、根菜(ダイコン、ニンジン、ニンニク、タマネギ、ゴボウなど)、果物(カボス、レモン、ライム、スダチなどは除く)、木の実(クリ、アーモンド、ピーナッツなど)、タケノコ、(12102018追記)魚卵

 

最小限のモノで生きるミニマリストらしく、少ない食べモノで生きています。

 

調理する回数は一日0回から1-2回、食事の回数は、1回から5回。

 

最近は一食で一日にとるべき油の量の大半をとれば、体は一日もつということがわかってきたので、もしかしたら一日一食でもよいのかなとは考えています。

 

ここまで読まれると「思想」のようにお感じになる方もいらっしゃるかもしれませんが、私はミニマリストである前に、この世の多くの人とは少し異なる身体の持ち主です(プロフィールをご覧ください)。

 

私の身体の状態を知らない人に、「数十年の歳月をかけて、情報を得ながら、人生及び体調的に失敗経験もたくさんしながら、自分の体で実験し生み出した食事方法である」ことを言わずにこの食事方法を話すと、まるでビーガンやマクロビオティックのような何かしらの権力者や商売人が生み出した食事方法のように「宗教じみた思想」と勘違いされて、気を悪くする人がいます。

 

牛肉・豚肉・羊肉・鹿肉・ウサギ肉などの陸にいる哺乳類肉は食べない、お酒を飲まない・やめた、から始まり、米食べない、砂糖とらない、このあたりで、相手の顔がだんだんとひきつってきたり、猛反発される場合もあり、猛反発されたら状況を話します(私は自分のことを話さない習性があります)。

 

また、ビーガンやマクロビオティック「宗教じみた思想」には永遠になり得ないことも加えます。

 

なぜなら、「宗教じみた思想」になるには商売にならなければならないのです。

 

私の食生活では商売が成り立ちません。

 

なぜなら、食の商売の要である「糖質」が圧倒的に少ないからです。

 

商売が成り立たないということは、流行らせるための下請け業者も使えないから、絶対に「流行」にもならないのです。

 

この世のコミュニティや思想や宗教は、食で何もかもが成り立ち、その中で糖質は重要な位置を占めます。

 

コミュニティでの人のつながりを保つために、穀物、砂糖、砂糖はとても大切です。

 

変えられない現実への憂さ晴らしや一時的な欲望を満たすためにも、糖質はコミュニティの中では必要不可欠です。

 

糖質控え目な食生活を送る人間は、やっぱり人間界の各コミュニティから外れていることになります。

 

さびしくないのかとか、何を楽しみに生きているのか、とよく訊かれます。

 

特に「お酒を飲まないとやってられない」という人達にです。

 

ところが、おかしいのかもしれませんが、私にはそういう全く感覚がありません。

 

そうならないように、例えば「お酒を飲まないとやってられない」という感情がなくなるように、311の前年あたりから、少しずつ、しかし、大幅にマインドを変えていったということも事実です。

 

また、現在は東京都に近い地方暮らしですが、東京武蔵野エリアで生まれ東京23区で育ちましたので、故郷が近いということ、その故郷は日本の経済の中心地であり「日本のみやこ」ですから、他人が崩せぬ「根っこ」がそこにある、ということで安心感が得られているということも確かです。

 

加えて、この夏の終わり以降、海塩の量をヒトらしく一日20-25gへアップ、またリノール酸油をとるようにしたら(それまでリノール酸油と信じ込んで使っていた紅花油は、昔はリノール酸メインだったが、現在はオレイン酸メインの油に変わってしまった)、さらに、急激に、自分の中の権力者と商売人が生み出した価値観への興味がまたもや失せ、同時に、その価値観への奴隷マインドや使用人マインドや畜生マインドがまだまだ残っていたことにも気が付きました。

 

その価値観というのは、農耕が始まったあたりからのせいぜいこの1万年前くらいから現在にかけてに生み出されたものです。

 

私にとっては誰かが作った価値観に従順になるより、疾患が再燃しないように生き延びることのほうが重要であるし、生まれてきたから仕方なく生きていますけど、生き延びるために、人が生み出した価値観を利用したほうが疲れないなあとは考えています。

 

奴隷・使用人・畜生となり従順な「ふり」をするのではなく、奴隷・使用人・畜生にはならずに「利用」です。

 

「ふり」をしていたら絶対に糖質が必要になります。

 

私は流行らない食生活を送っていても全く問題がありません。

 

 
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2017年5月23日から2018年6月までに完了予定で行っていたメニューバーの大工事が2018年5月23日をもって終了しました。現在は、長期に渡って、音楽 / 映画 / 写真 / 美術 のメニューバーの工事を行っております。よろしくお願いいたします。