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80年代90年代のサブカルの影響を受けた女子たちの間で話題になっていること の続編的な投稿です。

 

気兼ねなく会える友人達の間のブームは、コミュニティ問わず「勉強」です。

 

それぞれが今現在従事している業界で役立ちそうな資格取得や技術習得、おそらく一生役立つだろうスキルのための勉強を始めているのです。

 

アカデミックな分野だけど私が放送大学を利用して勉強を始めたことで刺激を受けたという友人もいます。

 

もともと教育熱心な家庭に生まれた人達ですし、大昔まではきっちり勉強をやっていたし、若い時に音楽を通したパーティ遊びをして消費を堪能し(大学卒業後はそれを職業にする人も)、今も音楽と踊ることが大好き(遊び慣れしているから、気分転換で中年としてクラブに突然いっても全くビビリにならないタイプ)、年齢的な大人が絶対にやってはならないことを若い頃に済ませているから、遊びに対する悔いもないし、ホームはそこだという自負があり、ぶれずに勉強に集中しています。

 

私も、猛烈に頑張っていることがあるから刺激を受けます。

 

資格取得、または技術やスキルの習得をすれば、またパーッと遊べばよく、遊び場には「ただいま~」で帰ることができるから安心感もあります。

 

まだまだ手のかかる子どもがいる友人達も、固定給労働者、専業主婦問わず、自分の遊びはいったんやめて(主に飲み会や、ママ友という集団のお付き合い)、夫や実家、または、シッターさんを頼りつつ、なんとかスクールへ行く時間を捻出し、合間隙間を利用して勉強しています。

 

ある友人などは、私との待ち合わせの時でも、待ち時間の何分かを利用して、テキストかノートを開いて復習を。

 

心底エライと思っています。

 

みんなのこの集中力はなにかを分析をすると、インターネットが普及する以前のカウンターカルチャーの第一線で遊んでいた優越、そこへの執着のなさ(過去だから)、世の中にモノ申したいという強い野望があるからだとみています。

 

インターネットが普及する以前のカウンターカルチャーの第一線で遊んでいたという優越、とは、当時は、生まれ故郷の東京で起きているトーキョー文化の中でのカウンターカルチャーに触れることがあたりまえのことと考えていたものの、インターネットが普及してから、生まれ故郷の東京というところは地方(神奈川、千葉、埼玉含む)の人が憧れるすごい場所トーキョーだったことに気が付き、スペシャル感なくそのカルチャーに触れることができた喜びと言い換えることができます。

 

かと言って、みんなさっぱりしているし、故郷ではなくて常に自分にとって「今」オモシロイこと見つけることが大好きだから、過去に戻りたいとか、そんな執着はない。

 

ただ、今勉強していることを通して、世の中にモノ申したい願望は強いんです。

 

というのも、SNSが普及してから以降、若い時にガリ勉と起業での成功に力を入れて、遊ばずに人生を歩んできた人達が目立つようになりました(彼らのインターネットの世界での影響は多大)。

 

彼らの特徴は、技術的にインターネット力が長けている、感情をアカデミックに表現できる、どちらかです。

 

そして、社会的地位を勝ち得たおじさんおばさんになってからの遊びをネット上で披露していることをよく目にします。

 

そこには、夜遊びもあるのだけど、「踊る」という行為はなく、「踊る」こと、そして、それをやりたい願望もちらつかせつつも、自分と同世代前後の人達が形成した既にできあがっている「踊る」コミュニティに対して恐怖心とコンプレックスを抱いているように思え、受け手はウェルカムでも(ただのお客だから)、若い時にガリ勉と成功を目指した彼らはプライドが高くて近寄れず、成功の裏側にあるビビリの姿を見てしまいます。

 

個人的には、踊れない行為は、男女問わずお床の行為がとても弱いんじゃないかとも、想像します。

 

影響力のある彼らの嗜好が、日本におけるカウンターカルチャー、サブカルになるのは、もうそろそろ終わりでよいのではないかと思いつつ、若い頃に「踊る」免疫を作れなかった中年が、おじさんおばさんになってからその場に踏み込むのはムズカシイのです。

 

それを考えると、若い時には、ガリ勉と起業での成功への努力と同時に、踊るお遊びは必要。

 

踊ることだけやっているとその道のプロにならない限り、後が大変なので、マイルドガリ勉と起業での成功への努力はしつつ、踊るお遊びの免疫は二十代前半までに作っておくべきでしょう。

 

EXILEみたいに、集団で規則正しくパフォーマンスとして踊るべしと言っているわけではありませんよ。

 

ただ音楽に合わせてステップを踏むだけ。

 

楽しく踊るだけ。

 

踊ることを通して、いい人と悪い人がいる盛り場の区別、いい人の中に悪い人もいるという判別、音楽を聴く&踊ることが主体かナンパ目的主体の盛り場かの区別、このような目も養えます。

 

これは学校やシラフの社会が教えてくれることではないです。

 

上記の勉強に集中している友人達というのは、修羅場を見て聞いて中年になっていったので、その頃の後悔もありつつも、それがあるからこそ、勉強に集中できるというわけです。

 
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