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兼高かおるさんと曽野綾子さんの『わたくしたちの旅のかたち』(秀和システム 刊)を図書館で借りて読んだ。

 

 

 

兼高さんといえば、ある年齢より上の人ならTV番組「兼高かおる世界の旅」でおなじみのジャーナリストだ。あの番組を見て外国を旅したいという人、兼高かおるみたいに取材をする人になりたいと目標を掲げた人はいるだろう(友人でいる)。

 

もう、お美しかった。

 

曽野綾子さんは、作家であり、故 三浦朱門さんの夫人だ。人助けということで世界中を走り回っているイメージがあるのと同時に、昔の価値観を強く持った方というイメージはあるけど、兼高さんと共に働く女性のはしりであり、信念を持ち昭和の時代から大活躍されている方だ。

 

ペルー元大統領フジモリ氏を私人として自宅に滞在させたことはなんとなく覚えていたことだけど、その当時の話しも本書には掲載されている。日本財団の会長だった笹川良一氏も絡んだ話しで、はああそうだったの、ちょっと合点がいった。

 

笹川氏は、第二次ベイビーブーマー前後の世代から少し下の人たちが子どもの頃、TVアニメ「一休さん」を「戸締り用心火の用心」のCMと共に届け金曜日の夜(東京では確か金曜日の19:30から10チャンネル(TV朝日)で放映)を楽しませてくれた人である以前に、右翼活動家で有名だった。

 

このお二人の対談集が本書である。

 

共通点は東京のキリスト教系の女学校、それぞれ香蘭女学校、聖心女学院、で学んだこと、ほぼ同年代ということ。

 

戦後の焼け野原では「お嬢ちゃま」では生きられないことを自覚するお二人。

 

曽野さんが通った聖心には家にあったはんばな毛糸を利用してそれを学校で売る学生がいたというし、兼高さんは、お給料は出ないが英語の勉強ができるという理由でRTO(進駐軍鉄道輸送司令部)で手伝いを、兵隊が食べない残った食べ物を家に持って帰って家の助けにしたとか。

 

こんな話しから、語学の重要性(私の理解では、英語ができたからアドヴァンテージがあったとということ)や、「兼高かおる世界の旅」の始まりの逸話(これもある年齢より上の方なら覚えているだろう、相撲の表彰台で「ヒョウショウジョウ」と言っていたパンアメリカン航空のデビッド・ジョーンズ氏が多いに関係する。極東地区の広報担当支配人だったそうなのだがバックグラウンドが気になるところだ)、その国のタブーは知らなければならないとか、話題の幅は広く大変おもしろかった。

 

Twitterで発言をしたらきっとブーイングだろう、平等と富についてのお二人の見解は私は大賛成。私は経済格差や社会的地位の格差は致し方ないが、上がりたかったら上がれるのがこの世と思っているし、大金持ち(大企業)には文化貢献をしていただきたいという気持ちがあるからだ。

 

大金持ちの文化貢献に関しては、このブログを読んでいる若い方には信じられないかもしれないけど、私が子どもの頃からある時までバブルが弾ける前後くらいか、美術館は無料で行く場所だった。

 

というのも、何かしらどこかしらからか、家族全員もしくは友達を誘って行ける枚数の招待券が入手できたのだ。数ヶ月に一度は足が運べるくらいに。大企業が文化貢献ができた時代だった。

 

景気がいいということはこういうことだった。

 

曽野さんの、話しのネタになるから小説家は貧乏な方がいい、というのは笑えた。やっぱり作家であった。

 

以前に読んだ兼高かおるさんの著書で、兼高さんがご自分より若い世代に対して、子どもだけは生むようにということを書いていたのだが、本書ではお若い頃の結婚したかった男性(台湾の人)の話し触れていた。もしかしたらこの人のお子様が欲しかったのではと、思ったら切なくなってしまった。

 

人生の先輩としての教訓、旅のコツの他、兼高さんと曽野さんの言葉遣いが美しいことは大変参考になった。まだまだ大活躍の方たちだけど、昔の人たちの日本語は綺麗。語彙も豊富。

 

モーパッサンの小説も読みたくなる。

 

多くの人が読んだらいいなと思った一冊だった。

 

 

 
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