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宗教と政治の話しは、相手のことをよくわかっている場合以外は避けておいたほうが良いトピックとは言われているけど、忘れてはならないのは、料理の話し。

 

友達ではない関係のコミュニティ、例えば、仕事や労働、町内会、学校などなどでは、料理の話しは禁物!!!

 

なぜなら、料理が生きがいの人は永遠にその人の独自の調理方法を話し続けるからです。

 

当ブログの常連の方はご存知だと思いますが、私の食事法は人間社会において相当に少数派の方法なので、リアルな社会では自ら口にすることがありません。

 

でも話しの流れで食の話しになり、△△を食べないが〇〇を食べると言うと、料理好きの人は、〇〇を使った調理方法を楽しそうに話しだします。

 

しかし、その調理方法には私が口にしない××を使っているので、××は口にしないようにしているとか、××は身体が拒否反応を起こすと言うと、残念××が食べられないなんてかわいそう、△△も食べられなくてかわいそう、という流れになります。

 

なんでも食べられること、おいしいものが食べられることは幸せなことだと主張します。

 

しかし、私の心の中は、「△△や××が食べられないことはかわいそうだろうか。かわいそうなのは、ヒトとしては食べる必要がないのに商売人にだまされているアナタのほうがかわいそうなのではないか」、さらにその人がスタイルがよくない場合「アナタは△△や××を食べているから見かけが悪いのだ」、その人がウォーレン・バフェットさん並みの大金持ちまたは王族か皇族の人でない場合「だからアナタは市場経済で労働者や使用人の立場にいるんだわよ!!」と叫んで、美しくその場を立ち去るようにします。

 

不愉快です。

 

友達と思っていた人でも「□□が食べられないのはかわいそうだ」という考えの人とは、縁は切らずに交際を切るようにしています。

 

友達は少ないにこしたことはないので、よい消去法です。

 

食事と料理は、思想や主義そのものです。

 

というわけで押し付け無用。

 

私は、他者からの頼みもしない食のお節介を忌み嫌っています。

 

一方、食文化は宗教や政治よりも強力なので、逆にぴったり合えばラッキー。

 

かつて私は酒飲みだったからよくわかるのですが、アルコール仲間も結束が固いでしょう。

 

そんな感じです。

 

 
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健康情報、本情報、ミニマリスト論を三本柱としたブログです。2019年4月から9月まで、仕事でも労働でもないことで多忙になるため、ブログの更新が不定期となります。最新の投稿が最新の生き方や考え方のスタイルです。

2017年5月23日から2018年6月までに完了予定で行っていたメニューバーの大工事が2018年5月23日をもって終了しました。現在は、長期に渡って、音楽 / 映画 / 写真 / 美術 のメニューバーの工事を行っております。よろしくお願いいたします。