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西暦年末から年始にかけて感じていることがあります。

 

それは、飲酒の強制や強要に大迷惑しているということです。

 

ブログには何度も書いてますが。

 

「飲まないの?」—>私「はい、飲みません」でスマートに終わればよいのですが、しつこい人は本当にホントウにくどい!

 

相手「なぜ飲まない?」—>私「色々考え抜いた結果、酒はやめたのです」

 

相手「いいじゃん、ちょっとくらい」—>私「いえ、やめたので、ちょっとも飲まないのです」

 

相手「なぜ酒をやめた?」—>私「酔っぱらう時間は無駄だから」

 

相手「なぜ酔っぱらう時間は無駄?」—>私「酒を飲んだら労働や仕事の作業ができない」

 

相手「なぜ労働や仕事の作業が必要?」—>私「私は、フリーランス労働者であり、法人をやっている身だが、固定給労働者(=正社員や正職員、契約社員や契約正職員、派遣社員や派遣職員)のようにある程度の固定給が見込める働き方は、「人」が生み出したビジネスに従事し時間を捧げるものであり、最終的にはその「人」が責任と保証と補償と保障を負うが、フリーランス労働者や駆け出しの起業家は、自分が自分で責任と保証と補償と保障を負うから。自分で負いたいから」

 

相手「フリーランス労働者や駆け出しの起業家ってそんなもの?そんなに固定給労働者と違うの?何も変わらないヨ」—>私「今の発言、サラリーマンをやめて、フリーランス労働者と会社を立ち上げるという体験してから言ってください」、または、相手「だったら固定労働者をやればいいじゃない」—>私「「人」にコントロールされたくないから、サラリーマンをやめた。酒にコントロールされたくないから、酒をやめた」

 

相手「(ムカ(怒))」—>私「自分の生き方のスタイルもあるけど、体の心配もあるから。(体の説明となる。面倒だ)」

 

ここまで言わないと、飲酒しないことに怒りだし、だまらない人が多いこと多いこと。

 

私がそういう会合や場所に行くのが悪いのですが、行かなくても身内でもいたりするので困りもの。

 

例えば、お屠蘇に口をつけない私に怒り出す人間とか。

 

酒をやめたと言っている人間に対して、飲酒の世界に引き込みたい人々の願望、それは何かなあと考える2019年の始まりなのでした。

 

 
ブログに関するお知らせ

2017年5月23日から2018年6月までに完了予定で行っていたメニューバーの大工事が2018年5月23日をもって終了しました。現在は、長期に渡って、音楽 / 映画 / 写真 / 美術 のメニューバーの工事を行っております。よろしくお願いいたします。