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こんにちは、RealKei JPです。

 

年々、挑戦と行動は大切だと思うようになっています。それをやってこそ始まりがあるからです。

 

例えば、私には、2011年3月11日の東日本大震災の以前、「どうしたら良いのかやり方がわからない」ということがありました。そのやり方を知っている人が周りにも、インターネット上でも見当たらなかったのです。しかし、あの日を境に、手当たり次第、その道に近いのではないか?と感じたことはなんでもやってみようということを決めました。

 

震災の直後、各方面の友人知人たちが、何年かかけてでも地方か海外に移住できるよう生き方を変えたいと真剣に語っていました。ある友人は、元から海外と日本を行ったり来たりはしていたのですが、一年のうちのほとんどを、数カ国の国で過ごせるような仕事の方法を考えると言っていました。原発汚染、日本政府とマスコミへの不信感、東日本、および、日本にいたくない理由は、人それぞれです。私とは言えば、移住は検討していませんが、彼女彼らと話せる内容のことを震災の数年前からリサーチしていたので、話しを興味深く聞いていました。

 

震災の後に話した中の半分の人たちは、2015年あたりから、宣言していた通りの生活を送り始めました。勤め人、自営業、形態問わずで、自分、または、パートナーの技術や技能を最大限に活かし、就職先を見つけたり、移住先でのお客さんを掴んだり、パソコン一つで日本で収入を得る形(=日本で納税)にして観光ビザをフル活用したり。外国へ移住の場合は滞在するためのビザもクリアします。子供がいる人は子供の教育、私の世代なら誰もが直面している高齢の親の「もしも」のことを考えた上で、何年かかけて準備を整えていたのでした。

 

SNS上で知り合った人の中には、311の後すぐに西日本へ行かれた方もいます。原発汚染からお子さんを守りたいということを考えてなのでしょう。お仕事をどうされたのかを伺ったことはないのですが、コンピュータでの技術はお持ちのようでして、やっぱり強みがあるといいですね。

 

そういえば、数年前に知り合った人で、2011年の3月中に家族を連れ、首都圏からほぼ手ぶらに近い形で地方に引っ越ししたというミュージシャンがいました。彼もまたお子さんを汚染から遠ざけるため。音楽活動があるので、定職に就いていなかったのが幸いしフットワーク軽く動けたということでした。笑。住んでいた家はどうしたのか、引っ越し代金は配偶者の貯金からだったのかとか聞けばよかったのですが、移住先ではガテン系の仕事を始め、ライヴ活動を行なっていると言っていました。丈夫な筋力を持つ、そして、音楽を奏でられる技術とセンスも生き抜くための能力です。

 

みんな凄い!

 

そして、私もなんでもやってみようと決めた通りの結果が出て、体力がしっかりと戻るのを待つのみになりました(昨年長いこと入院しリハビリ生活を送っていましたので)。何もかもの環境が整っても人間は動ける体ありきです。ちなみに、会社が儲かってどうこうするということではアリマセン…。苦笑。これはまだまだ…。笑。

 

一方、半分の人たち…、震災の後に、今後のヴィジョンを話した人たちは、おそらく熱く語り合ったことも忘れているのだろうというくらい、今の何もかもの状況に満足しているようです。だからこそ、夜な夜なお酒を飲んで酔っ払える時間もあるし、TVやSNSをゆっくり見る時間もあるのだと思います。また、人によってはデモに参加し大声をあげてお祭り騒ぎをする行為を楽しんでいます。311以降の生き方を変えたいと言ったことを覚えている人たちからは、「お金が貯まったら動く」「資格が取れたらやる」という台詞を6年の間に何度も聞いています。

 

2011年3月11日からは2000日が過ぎました。

 

ブロガー、選書家、トランスクリプショニスト、書籍企画編集 / Plenitude Interactions LLC / 元音楽レーベル&出版社勤め / ミニマリスト / ノマドワーカー / 女性 / 潰瘍性大腸炎(IBD)歴29年 / お気軽にご連絡ください hello@plen-act.com