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こんにちは、RealKei JPです。

 

傘寿を迎えた父が、この3月で第二の仕事人生にピリオドを打つことになり、家族で新しい出発のお祝いをしました。

 

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父は、大学卒業後から60までの仕事も、60から80までの仕事も、勤め人という形で、本人が誇りを持てること、好きなことをずっとやってきました。第二の仕事人生においては、60から65までのつもりで仕事引き受けたつもりが、20年も勤務することに。

 

この投稿を読んでいる方の中には、80歳まで働きたくないという方もいるでしょう。

 

父の場合は、寺の分家で育ち、僧侶である私の祖父や父の大勢のおじたちの、元気ならばずっと働くという姿を見て育っているので、例え第二の仕事が65歳で終わっても、何かしらの仕事を見つけていたことでしょう。

 

古希を過ぎたあたりから、お迎えを意識してか、同窓会が増え、郷里の長崎に割と頻繁に帰省したり、首都圏に住む同級生ともよく会っている話しを聞きます。父の世代ですと、自営や会社経営をしている人達以外は、働いている人は皆無らしく、その個人事業や社長業をやっているおじいさんやおばあさんと父達は少々鼻高々でお酒を酌み交わすそうです。

 

「働く」ということは、体が言うことを聞く限りは、人間の基本的な欲求と同等のものなのかもしれません。

 

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娘の私から見て、父が長く働くことができた秘訣はあったとははっきりわかります。

 

それは、健康を保つ、技能と資格をいかす、人脈、この3点でしょうね。

 

健康である理由は…、年齢が年齢ですから、今後はどうなるかわかりませんが、日頃の生活習慣に尽きます。こちらについては、機会があったらブログに書きましょう。少しだけ書いてしまうと、早寝早起き、歯並びがよくて丈夫で入れ歯が一本もない、と言うことは健康に繋がっているような気がしています。

 

技能と資格は、たまたま好きなことの延長に資格があったというだけの話しらしいのですが、国家資格、コミュニティの中の資格、父は色々持っています。文武両道であるということは間違いありません。60まで過ごした職場でも、この3月で退職する職場でも、それが発揮できていたようです。

 

人脈は意識して作ったということは父の性格からしてないはずです。ただ上記の「好きなこと」を何十年と続けていたら、仕事に繋がったということはあったと思いますし、仕事がない日も楽しみが常にあった人です。

 

父を見ていると、自分の好きなことや、やりたいことを、仕事にするのが幸せだなと痛感します。

 

この3年くらいで、耳が遠くなり職場でも不自由はあったことでしょうが、皆さんに大切にされ、無事に勤務最終日を迎えられたことは家族にとっても大きな喜びです。

 

 

 




 
 
 
 

女性 / ミニマリスト / 1970年代前半東京生まれ / ブロガー、選書家、トランスクリプショニスト、書籍企画編集、DJ見習い etc / Plenitude Interactions LLC / 元音楽レーベル&出版社勤め / 元初級サーファー / 音楽は、デトロイトのヒップホップとR&B、ショパン、ドビュッシー、サティ、映画はヨーロッパやアメリカのインディペンデント作品を好む / UC歴29年 / お気軽にご連絡ください hello@plen-act.com https://twitter.com/RealKeiJP