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すみだ北斎美術館で〈Hokusai Beauty ~華やぐ江戸の女たち~〉を観てきた。

 

最寄りは総武線両国駅。国技館が見える。

 

美術館入り口から撮影したスカイツリー

 

 

学生でもあるのでチケットは学割

 

 

 

別の美術館(博物館)へ行くので下町へ向かったのに、行く途中に受付に間に合わないことに気がついて、両国で降りてこの展覧会を観た。

 

すみだ北斎美術館は一度行ってみたかったからよかったのだけど、またもや第一目的の展覧会に行けないということをやってしまった。

 

閉館受付滑り込みセーフでギリギリで入館したから、汗をかきながら駆け足でみた。

 

昔の美人も今の美人のように佇まいが美しい。

 

北斎による美人画が勢揃いということで、遊女や花魁がモデルの作品がたくさんあった。この時代のトップスターだったような描かれ方だ。

 

江戸時代の遊女や花魁、明治時代以降の女郎、戦後のパンパン。

 

女性が体を売る職業はそう呼ばれた。

 

ところが、江戸時代は日本は性に対して大らかだったという。

 

人口を増やして労働者を確保するという権力者の「実は」の事情があったみたいだけど、盆踊りが乱行パーティだった(そして子供を作らせる)、ということを考えても、女性がどなたかと床を共にしてお金をもらうことに罪悪感を感じる価値観があったように思えないんだが。

 

明治時代以降の女郎、それから、戦後のパンパンは、色々なメディアが、悲壮感が漂うか、逞しい感じで描いている。

 

最近、ある学者が提供する戦後の音声記録を聞く機会があった。

 

パンパンのリーダー格のような人にラジオの記者がインタヴューするという内容だったのだが、その人の周りの女性たちは特に生活に困っている様子もなく男性と過ごすらしい。これはちょっとびっくりな事実だった。

 

メディアが描く戦後のパンパンは「あたい」という言葉を使い、言葉も雑だけど、その女性は綺麗な日本語を使い、「ガ行」の発音も美しかった。

 

亡くなってしまった人もいるけど、TVに出てくる、元パンパンその後ホステス、もしくはホステスからスタートして著名になった、高齢の有名女性たちを見ても、メディアが描く、戦後のその道の人のはすっぱなイメージとは程遠い。

 

今は一線を引いたある有名な女性は、第二次世界大戦後、母親が切り盛りする渋谷の飲食店を、食べるのに困る女性たちとお金のある男性たちが出会えるように、男性を街で誘っていたという。出会いとは床を共にするということだけど、あの頃の生きるための方法だったのよ、公共電波を使って発言していた。売春防止法施行以前の話しのようである。

 

性の意識とモラルは時代と法律で変化するのではないかと、たった25分間の北斎鑑賞でこんなことを帰りの電車で考えた。

 

彼が87歳か88歳で亡くなったということは今回初めて知って、今後は彼の長寿の秘密も探ってみたいと思った。

 

ブロガー、選書家、音楽配信、書籍企画、自由業リモート職(Webマーケティング、翻訳) / Plenitude Interactions LLC / 放送大学学生 / 潰瘍性大腸炎 UC IBD 30年、ナルコレプシー、強膜炎、反応性低血糖症 / 水4L以上、海塩25g以上、バター100g、リノール酸油100cc、青菜400g以上摂取し、六千歩以上のウォーキングと軽い筋トレ、睡眠7.5時間をとることが健康維持の毎日の目標 / 陸の哺乳類肉と米と芋と砂糖とアルコール摂取は以前にやめた / HipHop / アフリカンアメリカン文学古書収集家でその手の本をたくさん所有する最小限主義者 / 元音楽レーベル&出版社勤め / アイコンは宇野亜喜良氏「妖艶な女帝」 / お気軽にご連絡ください hello@plen-act.com (08/25/2018 最終更新)

 
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