中学生のころから視力が落ち始めた。父の血を受け継いだのだろう。

めがねを買うことになった。

当時のめがねは、高価だった。消費税がなかった時代である。近視と乱視の入ったレンズとフレームで、7万円近くしたはずだ。ただでさえ高いのに、アランミクリのような、ファッション誌に出てくる高級メーカーのものを親にねだれるわけがない。近所のめがね屋でこしらえためがねは、全くかわいくなかった。

めがねをかけるとよく見えるが、学校ではなるべくかけないようにしていた。かわいくないものをかけるのは恥ずかしかった。しかし、黒板を見る時などに、どうしてもめがねが必要になる場面があった。

20代からはソフトコンタクトレンズを使うようになった。目にアレルギーが出やすいため、使い捨てのものに変えた。視力はみるみる落ちていき、30代に入る頃には、0.1を切っていたと思う。コンタクトも高かった。

私の半生は、めがねやコンタクトレンズという、見えるための道具と常に隣り合わせだった。

一方で、世の中には、ずっと視力がいい、という人たちがたくさんいる。ところが、そんな彼らも40代半ばを過ぎたあたりから、「見えない、見えない」と騒ぎ始めた。40代のうちに老眼鏡を手に入れる人いる。

今や見事に、周りの皆が老眼鏡を持っている。おもしろいなあと思って観察していると、これまでめがねに無縁だった人ほど、ちょっと自慢げにかける。おしゃれで立派なケースから、ぎょうぎょうしく取り出し、知的な自分に酔っているような仕草を見せる人もいる。

私自身は、3、4年前から手元が怪しくなってきた。それでも、これまで通り、使い捨てコンタクトと、近視と乱視のめがねの併用でやり過ごしていた。

しかし、昨年の夏のある日。ガクンと来た。

本当に、ピントが合わなくなってしまった。日銭を稼ぐための仕事の画面がぼやけ、はっきりと支障が出始めた。これはまずい。すぐ、チェーン店のめがね屋に駆け込んだ。

店頭で20個ほどのフレームをかけさせてもらい、一番しっくりくるものを選んだ。裸眼用と、コンタクトレンズ用の2種類の老眼鏡を買った。

快適になった。

裸眼用の老眼鏡は、手元から視線を外すたびに、いちいちかけ直したり外したりしなければならない。でも、見えれば、それでいい。

くっきりと文字を追えるだけで、ストレスが一つ減った。