私は毎日、葉野菜をたくさん食べる。その中でも、アブラナ科の小松菜や水菜をよく選ぶ。本当に空腹のときにいただく野菜は、おいしい。とはいえ、それらは好物ではない。好きなのはレタス類だ。

10年前、潰瘍性大腸炎(UC)が再燃し、45日間入院した。

前半を過ごした地元の病院では、消化がよいとされる、とろみのついた甘い入院食が出ていた。私は15歳でUCを発症した少し後から、ときどき身体におかしな症状が出るようになっていた。自分なりの対処法を編み出し、長いことそれでしのいでいたが、この入院中にも頻繁に起きた。食事が原因であることは明らかだった。退院後に検査を受け、のちに反応性低血糖症だとわかった。

入院中、栄養士さんに会ったとき、食事をどうにかできないかと尋ねた。しかし、予算内に収めることが一番大切なのです、とずばり言われた。患者の体調は考えないのですかと聞いたら、無言になってしまった。

職務としては極めて正しくやっているから、仕事ができる人だ。優秀だ。私が食べない哺乳類の肉を避けてくれていたことだけは救いだった。

後半に転院した大学病院では、食事が一転した。流動食の期間を経て出されたのは、パンと、何もかもが細かく刻まれた「刻み食」だった。

お膳が運ばれてくるたび、私は感動した。とにかくおいしく、美しい。そして、食べられるものが限られている私のために、これほど気を配ってもらえる。そのこともありがたく、食事について書くメモには、いつも「ありがとうございました」と書き添えた。

退院間際、栄養士さんが言った。私たちも工夫して作ることがすごく楽しかったです、と。食べられないものが多い、めんどうな患者の食事を毎日用意するのは、どれほど手がかかり、大変だったことか。

転院して2日目には症状も落ち着いていた。入院中、私は、手書きで記録をつけていた。何時何分に誰がベッドに来たか。職員さん、看護師さん、先生。そのときの気持ち。すべてをボールペンで書き残した。

妹の勧めでもあった。それに当時は、携帯端末につなぐと心臓がドキーンとして、身体がおかしくなることがあった。手書きは正解だった。

入院中は、いつもひもじかった。頭の中は食べ物のことばかりだった。

のちに、坂本龍一が、最初の入院中、食べることばかりを考えていたと何かで読んだ覚えがある。病の種類も状況も違う。それでも、食べることを制限された人間の頭が食べ物でいっぱいになることには、よくわかるところがあった。

人は、食べなければ始まらない。


【お知らせ】2026年8月25日午前8時18分更新しました。