精神的に「まずいな」と思ったとき、半ば無理やりやることがある。それは、歌うことだ。

カラオケボックスへ行くわけではない。時おり友人と出向くことはあっても、心が危険信号を発しているときは、誰かを誘う時間さえもどかしい。すぐに、今いるこの部屋で始めてしまう。

たいていの曲は、YouTubeやSpotifyにある。もちろん、ないものもある。音源を流し、それに合わせて、近所迷惑にならない程度に声を出す。ごていねいにも今のアプリは歌詞が画面に流れるものが多いし、表示されなければ、検索して文字を追いかける。

何を選ぶかは、その時次第だが、私なりの定番ルートがある。まず、メアリー・J・ブライジの熱っぽい歌声から、地続きのように原曲のトッド・ラングレン「Hello It’s Me」へ。Loleatta Hollowayが歌い、サルソウル・オーケストラやニューヨリカン・ソウルでカヴァーされた「Runaway」を挟むのもお約束だ。

日本の曲なら、小学生の頃から大好きな原田知世か大貫妙子に、自分の声をそっと重ねる。そして、阿部義晴の「欲望」、さだまさしと田島貴男のさまざまな曲。一昨年亡くなったミポリンも。デビュー曲から作詞作曲家陣に恵まれていた人だと思う。

そして、デルタブルースのスキップ・ジェイムズへ飛ぶこともあれば、デトロイトのドゥウェレとその周辺にいる人たち。イースト・エンドが「DA.YO.NE」以前に発表した『Beginning of the END』、キングギドラ『空からの力』、さらにはブッダ・ブランドの「人間発電所」まで、気の向くままに声を出す。

『Beginning of the END』と『空からの力』は、楽曲も素晴らしい名盤であると同時に、日本文学史に残してよいくらいの文学作品だと思っている。「人間発電所」は母語なのに難しい。それでも長いこと口にしているうちに、だんだんついていけるようになった。これもまた名曲なのである。

グランドマスター・フラッシュの「The Message」まで歌い終えると、気分がすっきりしている。「The Message」は、通っていたアメリカの大学で、文学のテキストに歌詞が掲載されていた。アメリカでは文学としても扱われるのだ。

仕上げに、心を清めるつもりでパーラメントの「The Silent Boatman」を歌えたら最高である。ルース・コープランドまでいけたらさらにだ。

曲を選ぶという行為は、出会った頃の記憶を引っ張り出す作業でもある。クラシックから現代のものまで、いろいろ聞くが、「レコード・コレクターズ」や「ブルース&ソウル・レコーズ」に載っているようなものが好きだ。音楽は、語り出すとキリがないので、ここでは置いておく。

そして、歌う行為は、ただ耳にしているより、気持ちがいい。プロの歌手たちも、かつてはこんな衝動を抱えて声を出し始めたのだろうか。

人間が初めて歌ったのは、いつのことだろうと思う。よくぞこんなことを考えついたものだ。言葉をのせ、音に合わせ、やがてメロディーが生まれていく。その過程にどれほどの歳月が必要だったのかはわからないが、先人の発明には頭が下がる。

御託はともかくとして、本当にまずい夜は、スライ&ザ・ファミリー・ストーンの「Runnin’ Away」を選ぶ。あの軽快で、どこか切ないステップに置いていかれないように。

【お知らせ】今回から、英単語・英数字の表記を一部変更しています。