毎日、5キロ以上歩く。雨の日も風の日も歩く。距離が延びることもあれば、4キロを切る日もあるが、歩くことをやめない。 

通勤を伴う仕事に就いていれば、ここまで距離を意識する必要はない。そうではないから、自分の中でルールを設定している。 

郊外で暮らし、出版社に勤務していた頃は、毎日10キロ近く歩いていた。日中は、書店や取次を回るなど、歩くことが仕事の一部でもあった。退職後、ほかの業界の仕事をやるようになったが、自宅から最寄り駅までは2キロ近くあった。時間通りに来ないバスを待つよりは歩いたほうが早く、結果として、歩く生活は続いていた。

その後、15歳で発症した潰瘍性大腸炎(UC)が再燃した。1カ月強の自宅療養に続き、1カ月半の入院生活。退院を迎えたとき、私の筋肉量は、80代以上にまで落ち込んでいた。一度、床に座ると、一人では立ち上がれず、階段の段差は、介助なしには上がれない身体になっていた。

実家に頼り、日常生活を取り戻す日々が始まった。最初のリハビリは、家事の一つである調理だった。しかし、20分台所に立つだけで消耗し、横になってはまた起き上がり、料理をして食べるというありさまだった。

「人は老いると、こんなふうに動けなくなるのか」。人生の終盤に訪れるはずの身体の衰えを、私は予定よりずっと早く体験した。厄介なことに、ステロイド治療の影響で、気だけは大きくなっていた。気持ちに身体がついていかず、怪我をしやすい時期でもあった。

退院間際、理学療法士からは、寝込んだ期間の3倍が、体力を回復させるために必要な時間であると聞いた。寝込んでいたのは、約80日。つまり、240日後には元の体力が戻る計算になる。私はその言葉を頼りに、肉親に付き添ってもらいながら、家の周りを少しずつ歩くようにした。

よく寝て、よく食べて、少しずつ家事の幅を広げていった。ステロイドの副作用で、かつらが必要なほど髪の毛が抜け落ちる中でも、歩く距離を少しずつ伸ばし続けた。やがて体重も筋肉量も増え、体力がついてきた。自宅でできる、自分の身体に合った範囲での経済活動も徐々に始められるようになった。その頃には、240日ほどが経過していた。

それでも万全ではない。ようやく髪が生えてきたと思えば、ステロイドの新たな副作用が出てくる。基本的には、いつもぐったりとしていた。このままでは生きていけないと思った。

そんな時、アメリカの進化生物学者、ダニエル・E・リーバーマンの『人体六〇〇万年史』(早川書房)に出会った。その中で、アフリカの狩猟採集民族の一日の歩行距離について触れられている一節があった。「これだ」と思った。女性は一日に7〜9キロほど歩くことを前提に進化してきた。

それからの数年間、私は毎日7キロを目標に歩き続けた。すると、ステロイドの副作用で極端に落ち込んでいた血圧が、元通りの低血圧の数値にまで戻ってきたのである。

やがてフルタイムで働けるまでに回復すると、毎日7キロ歩くための時間を捻出するのは難しくなった。そこで「コンスタントに5キロ」という新しいルールを設定した。

以降、UCの得体の知れない合併症がいつ襲ってくるかという不安は常にあるものの、大きな病気をすることなく日々を過ごせている。

介助なしで歩き、身体の機能を保つこと。私にとって「歩くこと」は、命をつなぐためのリハビリから始まり、今では自分にとっての最高の美容法にもなっている。健康こそ美なのだ。

 

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『人体600万年史(上):科学が明かす進化・健康・疾病』(早川書房)
『人体600万年史(下):科学が明かす進化・健康・疾病』(早川書房)