最近、ある日本の女流作家の小説を読んで、涙がこぼれてしまった。場面は物語の終盤に差しかかったところだった。具体的な作家名や作品名は、ここではあげない。

本を閉じると、どこか憑きものが落ちたように、気分がすっきりしている自分に気がついた。泣くと、心が軽くなる。

このブログが違うタイトルだった頃、キャメロン・ディアスが「泣けない主人公」を演じる映画『ホリデイ』について触れたことがある。私も主人公に少し似ていて、昔からあまり泣かない、というか、泣けない。

自分に悲しいことや悔しいことがあっても、無意識のうちに感情に蓋をして、胸の奥に溜め込む癖がついてしまったのだろう。そういえば、小学生の頃から男子に「女のくせに」と言われ続け、5、6年前に発見した小学校の通知表には、男性教諭が受け持ちだった年に「女の子なのに〇〇です」と書かれていた。後者について母は、「そんなことを書かれて、悔しい思いをしていたのよ」と言っていた。

女性であることで、泣いたほうが得をする場面は、その後の学校生活にも、社会にも、常にあった。でも、私にはできない。しかし、自分のことではなかなか泣けないのに、誰かの悲しみには涙が出る。

今日は8月15日だ。普段、このブログにはあまりタイムリーな話題は書かないと決めているのだが、戦争に関することだけは、言葉にしておいた方がいいような気がしている。私の年ぐらいが、戦争を体験した人たちの話を、直接聞いて育った最後の世代だろう。

子どもの頃に触れた物語にも、戦争は当たり前のようにあった。テレビで放送された作品で印象的なのは、3月10日の東京大空襲も描かれる『ガラスのうさぎ』、中井貴一版ではなく、安井昌二が水島上等兵を演じた『ビルマの竪琴』だ。フランキー堺の「私は貝になりたい」などもあった。ジブリ作品が夏の定番になるもっと前から、お茶の間には、戦争を描いた作品が公共電波で流れていた。

父や祖父母、親戚、同級生のおじいさん、おばあさんから聞かされる話も生々しかった。父の一番上の兄は戦死しているし、母の父である私の祖父は、長崎の原爆で亡くなっている。血の繋がった人たちが理不尽に命を落としているのだから、戦争は決して遠い昔のことではない。

幼い頃、都内の大きな街へ行くと、傷痍軍人と呼ばれる人たちが、施しを求めている姿を見かけた。戦争で身体に傷を負った人たちだ。薄暗い国鉄の駅のそばや街角に座るその姿は、子どもの目には異様に映った。

敗戦から81年だ。戦争を経験していない私たちなのに、8月が来るたびに、まだ終わっていない気がすると、同世代と話すことがある。東京や神奈川で育った私たちの夏には、街なかにも郊外にも、いろいろな場所に薄暗い影が落ちている。

夏は、どうしてこうも悲しい記憶ばかりが重なるのか。

今夜もまた、物語を借りて、ひっそりと泣くのだろう。

 

【お知らせ】2026年8月15日8時10分頃更新しました。