心が落ち着かない時、人はどうにかして、自分でコントロールできる小さなことを探し始めるらしい。

私の場合は、有料無料を問わず使わなくなったサーヴィスの解約と、長らく放置していたWebサイトの閉鎖作業だった。

Webサイトの閉鎖は、自分で立ち上げたものだからこそ、根気がいる。中身を取り出し、サーヴァーやドメインの契約も整理していく。ガイダンスはないから、自分で箇条書きしたものを埋めていく。 

本来なら、普段からデータのバックアップをスプレッドシートにまとめておくべきだったのだ。それすらしていなかった私は、最初は、プラグインを使って一括で引っ張り出そうとした。しかし、こういう時に限ってうまくいかない。結局はひとつずつ画面を開き、手作業で確認しながら進めることになった。 

最後のサーヴィスの解約のボタンを押した。

押した瞬間は、何も感じなかった。達成感も後悔もない。しかし、パソコンを閉じてしばらくすると、遅れてじわじわと寂しさが込み上げてきた。ああ、本当に終わらせてしまったのだなと。

閉鎖を決めたのは、「16 pages(16ページ)」というサイトだ。

立ち上げるときは、URLの候補を五十個ほどノートに書き出し、ひとつずつドメインの空き状況を調べた。インターネットが当たり前になって久しい今、まともな英単語や短いフレーズは、もうほとんど使われている。半ば諦めながらノートを眺めていた時、ふと浮かんだのが、その名前だった。

十六ページ。印刷や製本に携わったことのある人なら、ピンとくる数字だ。一枚の紙を折り重ねて作る「折丁(おりちょう)」は、多くの場合、十六ページ単位で構成される。本という大きな物語を形づくる、基本となるひとかたまりである。

その名前の由来を話したのは、ごく親しい友人三人だけだった。テック業界で働く二人は「すごく素敵じゃない」と目を輝かせてくれた。出版業界にいるもう一人の友人は、「その意味が分かる人は、そんなに多くないと思うよ」と笑った。

あまりにも現実的な一言に、私も思わず苦笑いした。

それなら、この由来は自分だけの秘密にしておこう。そう決めて、サイトにも書かず、SNSでも一度も触れなかった。秘密は、そのまま持ち続けるつもりだった。

ところが、その頃から、目の前の暮らしを回すだけで精一杯の日々になった。だいぶ前、占い師の友人が「この時期は大変になるわよ」と言っていたのを思い出す。渦中にいるときは気がつかないが、振り返れば、確かにそういう星回りの時期だったのだろう。サイトを更新する余裕などどこにもなく、いつか立て直そうと思いながら、時間だけが過ぎていった。 

自分の力ではどうにも動かせない現実の焦りから逃げるように、私はつい先日、自分の手で、そのサイトに幕を引いた。

まもなく、「16 pages(16ページ)」は見られなくなる。

誰にも話さないまま終わらせるつもりだった名前の由来を、消えるいまになって初めて書いている。我ながら、勝手なものだと思う。

自分では変えられないことは、世の中にいくらでもある。その小さな終わりは、次の一枚をめくるための始まりなのだ。