人さまの会社で働くなら、給料以外にも持ち帰るものがあると思っている。捧げた時間には、あとに残るものを得ないとならない。

就職斡旋業者が書かせるようなメディアには、よく「スキル」という言葉が躍っている。しかし、スキルなどというものは、その時代の空気、その組織の経営者、人事、上長、そして同僚という偶然の組み合わせによって、得られるかどうかが左右される。どこかよその場所へ移ったところで、それが本当に役に立つのかはわからない。だからこそ、雇われる前にあらかじめ知っておいたほうがよいことがある。ここに三つ、書き残しておきたい。これはあくまで、私自身の優先順位である。 

まず、歴史に残ることを仕事にする。歴史とは、記録があって初めて歴史となる。わかりやすく言えば、国会図書館に自分の名前が記録物として残る仕事をするということ。薄給である場合が多いとは思う。しかし自分が死んだ後に、子どもや孫、あるいは何代か先の親族が、自分の名前を見つける日が来るかもしれないのだ。そこから彼らが、何かを紡いでくれる可能性がある。

歴史に名を刻めないのであれば、高い給料や報酬を得ることだ。この手の仕事は、社会の屋台骨を支える業種が多いのかもしれない。そして、大きな責任を伴う業種である以上、たくさんのお金をもらわなければ割に合わない。そして生活費や家族にかかるお金以外は、投資や投機に回して資産を増やす。資産そのものは歴史には残らないけれど、その資産をうまく使って、まわりの人たちに役立てる何かができるかもしれない。 

歴史にも残せず、高収入も得られないのであれば、その会社を辞めてからも連絡を取り合える、一生の友人となる同僚や上司、部下を複数得ることだ。お手洗いでよく会ったのがきっかけで、話してみたら馬が合って親しくなった他部署やグループの子会社の人でもいいと思う。思い出の共有とこれからの話ができる人たち。

記録物として名を残せるか、あるいは高収入を得られるか。これらは、あらかじめ実現可能かどうかの見極めがつく。もちろん、そんな計算を頭に入れずに就業することもあるだろう。だが、辞めてからの人脈だけは、入ってみなければわからない。やりたかった仕事、入りたかった業界、働きたかった会社であれば、その可能性はまだある。しかし、妥協して入った会社では、妥協した分だけの結果しか残らない。

大きな企業だと、ジョブローテーションや子会社への出向によって、やりたかった仕事以外を命じられることがある。だからこそ、やはりトータルでその会社を気に入って働かなければ、ただ主人に時間を捧げるだけで終わってしまうのだ。