子どもの頃、テレビで「ルーツ」というアメリカのドラマを見た。私にとっての外国といえば、立川で目にした戦車の記憶や、日曜日の朝に父とよく訪れた小金井公園で話しかけてきた白い肌のお兄さんたちくらいしか知らない頃だった。

幼稚園に通う前の私にとって、そのドラマは衝撃そのものだった。意味はわからなかった。ただ、その光景だけは心に残った。

大学生になり、授業で、原作者アレックス・ヘイリーに触れた。課題のために、ドラマも見直した。それが単なる過去の歴史ではなく、自分の尊厳を力を持つ者に明け渡さないための闘いなのだと気づいた。

卒業後は、出版社で働いた。サム・クックは学生時代に聞いたが、彼の人となりを知ったのは、出版業界にいた15年の最後のほうだった。

サムは、当時としては珍しく、自分の音楽出版社とレーベルを持った人だった。自分の曲の原盤(マスター)を自ら持つ。それは資金も知識も必要とする、当時としては画期的な選択だった。原盤権の仕組みを知らない若い才能が、有利とは言えない契約を結び、自分の作品を手放してしまう例は、少なくなかった。

サムは、その流れに抗い、自分自身の価値を他人に渡さないための闘いに挑んだ。不慮の死を遂げた彼のその気高さに、惹かれている。

そして現代。原盤は、音楽だけの話ではない。