私の場合、口にする食材が限られている。味付けは海塩か岩塩だけ、という場合が多い。外食を除き、胡椒も使わない。
昔、市ヶ谷左内町のビストロを友人が予約してくれたことがある。今ほど食事のルールは厳密ではなかったが、哺乳類の肉やほうれん草、キャベツ、芋類を食べない旨を、あらかじめ伝えてもらった。
到着すると、名物のマダムが言った。「限られたもので作るのは、クリエイティヴなんですよ」。その言葉は、今も覚えている。
お店は、今はもうない。
10年前、潰瘍性大腸炎(以降、UC)の再燃で長期入院した。15歳で発症して以来、初めての再燃だった。
点滴と絶食のあと、脂質を抑えた刻み食が続いた。院内にあったレシピ本や食のエッセイを読みながら、次に自分が口にできそうな食材を探し、退院後の食事を考えた。
ノートには、パスタのレシピが並ぶ。小松菜や水菜を中心に、ソースを変えた料理を考え、絵まで添えていた。
毎日ひもじかった。食べることへの欲求で、頭がいっぱいだった。
今は、使える食材が少ないことを、それほど不自由には思わない。
タイ料理の刺激が恋しくなり、暑くなると必ずやってしまうことがある。使い切りのチリソースを買うのだが、体内に入れると、UCの合併症が出る。やめよう、と決めるが、また翌年にやってしまう。
どうしても食べたければ、外で、人と一緒に食べればいいのである。香辛料は、人と人をつなぐ橋渡しのような役目を果たしているのだから。
家では、塩でいい。
適当に決めていた塩加減にも、どうやら根拠があるらしい。勝間和代さんが提唱する、調理するときの塩分量は、私が適当に入れてきた量とだいたい重なっている。
とはいえ、私の料理を食べたことのある身近な人は、「パンチがない」「味気ない」と言う。それでも、自分で決める塩加減には満足している。
塩だけの味付けが、しみるのである。
