私はコーヒーやお茶とは別に、毎日四リットル以上の水を飲む。夏になれば、その量は六リットル近くになる日もある。人に話すと驚かれることが多いが、私にとっては特別なことではない。生きていくための日課である。
家で飲む水は、何本ものボトルに備長炭を沈めている。外出するときは、五百ミリリットルのペットボトル二本にその水を注ぎ入れる。そのままのこともあれば、生理食塩水より塩分濃度が高くならない程度に海塩を加え、ビタミンCの粉末とほんの少しのサッカリンを入れるときもある。私だけの、自家製ポカリスエットである。
外を歩けば、一リットルなどあっという間に飲み干してしまう。出先で水を買い足せば、今度は体内の塩分が薄まる。そんなときは、昔から愛用している乾燥梅干しのタブレットを口に入れたり、小さなボトルに入れた海塩を水へ加えたりして調整する。水代だけでも決して安くはない。それでも、生きるために必要な出費だと思っている。
私には、十五歳から潰瘍性大腸炎(UC)がある。人生の大半をともにしている疾患だ。最近になって、UCは脱水を防ぐため、水分補給がとても大切だという説明をあらためて目にした。言われてみれば、思い当たることばかりだった。また、心臓が急き立てるように脈打つときは、決まって体が水を求めている。塩分を伴わずに水だけを飲みすぎれば、今度は体が余分な水分を外へ出そうとする。
「そんなに飲んで大丈夫なの」と、よく聞かれる。しかし、私は飲む。飲まなければ、生きていけない。
だから、有事で水が止まったときのことが、いつも頭の片隅にある。水の備蓄はしている。それでも、一日にこれだけ飲む人間にとっては、安心できる量とは言い難い。どれほど備えても、不安がなくなることはない。
先日の熊本の地震でも、私の頭に真っ先に浮かんだのは、水のことだった。
知人に、熊本に実家がある人がいる。地震の知らせを聞いてから、ご家族は無事だろうかと気になっていた。だが、本当に大変な状況に置かれているかもしれないと思うと、軽々しく連絡することもできなかった。
今日になり、ご家族の無事を知り、胸をなで下ろした。同時に思ったのは、この暑さの中で水を必要としている人たちのことだった。
健常者も水がなければ命に関わる。まして、病気を抱えている人や高齢者、小さな子どもたちは、どれほど心細い思いをしているだろう。ニュースを聞くたび、そんなことばかり考えてしまう。
無事が確認できた知人は、自身のお店で義援金を募っている。私も、次に店を訪れたときに寄付をしようと決めた。前回のときも、そうしたように。大きなことはできない。それでも、自分にできることを一つずつ積み重ねるしかない。
今日も私は、いつものようにグラスへ水を注ぐ。当たり前に水を飲めることは、当たり前ではない。そう思うだけで、その一杯は昨日より少しだけ重みを増す。
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水道水をいれたボトルには炭をいれています。
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サッカリンです。
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外出時の塩分補給に。
アサヒグループ食品 梅ぼし純
