出版社を経て情報と活字の世界を歩む管理人が、仕事と暮らしを綴るブログです。2026年7月1日、5年ぶりに再開しました。現在、サイト内を調整中です。

タグ: 生き方の軸

生きる土台、自己所有、自己更新、生き直す

生きる力、怒る力

怒るのは、とにかく体力を使う。だからここ十年ほど、私のスタイルは、流すことだった。

若い頃を思い返せば、穴があったら入りたい失敗ばかりだ。怒ってばかりで、血の気も多かった。思い出すたびに気恥ずかしくなるようなことも少なくない。もうあの頃には戻りたくない。過去ではなく、未来へ進むしかないのだから。

病と向き合い、副作用に耐え、ただ息を潜めるように暮らしていた時期を経て、少しずつ身体を取り戻してきた。

すると、ある日ふと気づく。元気になると、怒る体力まで戻ってくるらしい。

今月に入ってから、理不尽なシステムと大きな組織に振り回され続けていた。以前の私なら、「大人の対応」という便利な言葉で自分を納得させ、小さな怒りを心の底へ沈め、そのまま流していただろう。

しかし、受け流した怒りは消えてくれない。静かに積もっていくだけだ。流し続けるのは、もうやめよう。力を取り戻した今の私には、怒る力も、抗う力もある。とはいえ、本当の怒りを形にするのは途方もなく骨が折れる。

感情をそのままぶつけても伝わらない。何に怒っているのかを整理し、事実を並べ、相手に届く言葉へと言い換え、文章として組み立てていく。

気づけば、半日近くキーボードを叩き続けていた。ヘトヘトだ。しかも全部、英語だ。

それでも、今は少しだけ心強い。

手元のテクノロジーが、感情ではなく論理として文章を組み立てる手助けをしてくれる。結果がどうなるかは、まだわからない。文章を送り終えた今も、身体は疲れ切っている。それでも、後悔はない。

理不尽をそのまま飲み込まず、自分の言葉で向き合った。そのために使った体力なら、惜しくないと思えたからだ。

怒ることにも体力がいる。

昔は、その体力を怒りにばかり使っていた。UCが再燃してからは、その体力さえ失い、怒ることより、生き延びることを優先する毎日だった。

怒りは大人げないことではない。自分を守る力が戻ってきたということなのだ。生きる力は、怒る力でもあるのだ。

一秒も渡さない

相場よりも高すぎる時給。あるいは、こちらの希望に、あまりにもきれいに寄り添う勤務条件。画面に躍るその言葉は、喉が渇いたときに見せるオアシスの幻影のようだ。

「応募されたポジションは、先ほど埋まりました。ほかのポジションいかがですか」

画面の向こうで担当者が放ったあっけない一言に、頭に上っていた熱が、すっと引いていった。

求人票に心を躍らせ、服を選び、普段より時間をかけて化粧をし、髪を整え、パソコンを立ち上げ、指定された時間を待つ。画面がつながった途端、応募したものとは異なるポジションを勧められた。派遣では本来「面接」とは呼ばないはずなのに、その場では、ごく自然にその言葉が口にされていた。

その出来事は、誰もが知る派遣会社と企業で起きた。私はずっと忘れないだろう。

後に、別の斡旋業者から「おとり求人」というものがあることを聞いた。不動産でも、客を呼び込むためだけの「釣り」があるという。まったく同じ構図だった。

魅力的な餌で人を集め、別のものを差し出す。求職市場のそのやり方に、「現代の女衒」と名づけたことを思い出した。

虚偽や誤解を招く求人は、法令や指針でも問題視されているにもかかわらず、他人の時間を平然と軽んじる罠が潜んでいる。ほんの一瞬の出来事に思えても、不誠実さにさらされた身体は、驚くほど一気に体力を削り取られてしまう。その徒労感は重く、心身の奥深くに響く。

画面を閉じて散歩に出た。その時、強く思った。誰かの不誠実のためにすり減らしていい体力も、不快感に差し出す時間も、自分には一秒だって残されていないのだと。

甘い条件に惑わされたかもしれないが、私という人間の価値まで買い叩けたわけではない。幻の椅子を差し出されたのなら、腰かけずにその接続を切ればいい。

今夜はおいしいものを食べよう。私は、誰の釣り針にもかからない。そのために、今日という一日を、自分の暮らしへ返そうと思った。

私という原盤

子どもの頃、テレビで「ルーツ」というアメリカのドラマを見た。私にとっての外国といえば、立川で目にした戦車の記憶や、日曜日の朝に父とよく訪れた小金井公園で話しかけてきた白い肌のお兄さんたちくらいしか知らない頃だった。

幼稚園に通う前の私にとって、そのドラマは衝撃そのものだった。意味はわからなかった。ただ、その光景だけは心に残った。

大学生になり、授業で、原作者アレックス・ヘイリーに触れた。課題のために、ドラマも見直した。それが単なる過去の歴史ではなく、自分の尊厳を力を持つ者に明け渡さないための闘いなのだと気づいた。

卒業後は、出版社で働いた。サム・クックは学生時代に聞いたが、彼の人となりを知ったのは、出版業界にいた15年の最後のほうだった。

サムは、当時としては珍しく、自分の音楽出版社とレーベルを持った人だった。自分の曲の原盤(マスター)を自ら持つ。それは資金も知識も必要とする、当時としては画期的な選択だった。原盤権の仕組みを知らない若い才能が、有利とは言えない契約を結び、自分の作品を手放してしまう例は、少なくなかった。

サムは、その流れに抗い、自分自身の価値を他人に渡さないための闘いに挑んだ。不慮の死を遂げた彼のその気高さに、惹かれている。

そして現代。原盤は、音楽だけの話ではない。

活字の森を出るための荷造り

本も新聞も読まない世界へ」という投稿で、私の古巣の出版業界の、あくまで私の知っている範囲での当たり前が、一歩外へ出れば、いかに通用しないかを書いた。

社内のメールやチャットでは「さま」ではなく「さん」が飛び交い、絵文字が多用される。私が見てきた限りでは、本や新聞を読まない人たちの方が圧倒的多数であり、未婚や子どもがいないことは、異端として扱われる。それが、よその世界のリアルである。

なんらかの事情で活字の業界を離れたり、メインの仕事を変えたりすることがあるだろう。そのとき、この文化の決定的な違いを事前に知っておくだけで、異邦人としての心細さは半分くらい軽くなる。 

時間を捧げる、その前に

人さまの会社で働くなら、給料以外にも持ち帰るものがあると思っている。捧げた時間には、あとに残るものを得ないとならない。

就職斡旋業者が書かせるようなメディアには、よく「スキル」という言葉が躍っている。しかし、スキルなどというものは、その時代の空気、その組織の経営者、人事、上長、そして同僚という偶然の組み合わせによって、得られるかどうかが左右される。どこかよその場所へ移ったところで、それが本当に役に立つのかはわからない。だからこそ、雇われる前にあらかじめ知っておいたほうがよいことがある。ここに三つ、書き残しておきたい。これはあくまで、私自身の優先順位である。 

まず、歴史に残ることを仕事にする。歴史とは、記録があって初めて歴史となる。わかりやすく言えば、国会図書館に自分の名前が記録物として残る仕事をするということ。薄給である場合が多いとは思う。しかし自分が死んだ後に、子どもや孫、あるいは何代か先の親族が、自分の名前を見つける日が来るかもしれないのだ。そこから彼らが、何かを紡いでくれる可能性がある。

歴史に名を刻めないのであれば、高い給料や報酬を得ることだ。この手の仕事は、社会の屋台骨を支える業種が多いのかもしれない。そして、大きな責任を伴う業種である以上、たくさんのお金をもらわなければ割に合わない。そして生活費や家族にかかるお金以外は、投資や投機に回して資産を増やす。資産そのものは歴史には残らないけれど、その資産をうまく使って、まわりの人たちに役立てる何かができるかもしれない。 

歴史にも残せず、高収入も得られないのであれば、その会社を辞めてからも連絡を取り合える、一生の友人となる同僚や上司、部下を複数得ることだ。お手洗いでよく会ったのがきっかけで、話してみたら馬が合って親しくなった他部署やグループの子会社の人でもいいと思う。思い出の共有とこれからの話ができる人たち。

記録物として名を残せるか、あるいは高収入を得られるか。これらは、あらかじめ実現可能かどうかの見極めがつく。もちろん、そんな計算を頭に入れずに就業することもあるだろう。だが、辞めてからの人脈だけは、入ってみなければわからない。やりたかった仕事、入りたかった業界、働きたかった会社であれば、その可能性はまだある。しかし、妥協して入った会社では、妥協した分だけの結果しか残らない。

大きな企業だと、ジョブローテーションや子会社への出向によって、やりたかった仕事以外を命じられることがある。だからこそ、やはりトータルでその会社を気に入って働かなければ、ただ主人に時間を捧げるだけで終わってしまうのだ。

美容は、鏡の前より、床にある。

今後、高級美容液は必須、と言い出すことがあるかもしれないけど、団塊ジュニア世代に生まれた私が、生きていて気がついたことの一つに「十分な睡眠をとり、水分とミネラル、適切な栄養を摂取する。そして運動と日光浴を毎日していれば、洗顔石けんと多少の油分以外、顔用の基礎化粧品はいらない」ということがある。これは、数々の消費と実験を繰り返して行き着いた結論だ。基礎化粧品は、日々の暮らしを整えた先にある、おまけだと思っている。 

10年前、長年の憧れだった「化粧水と乳液と美容液を使わない」への移行に成功した。1カ月くらい何もつけない生活をしてみると、最初はカサカサするが、3週間目あたりからスベスベになると聞いていた。何度も挑戦していた。でも、普通の生活を送っていると、初期の荒れた肌を人に見せることはできず、そのたびに挫折していた。

だが幸か不幸か、持病による長期入院と、その後の介助ありの生活が訪れたことで、強制的に、その実験を行うチャンスを得た。睡眠時間も8時間以上確保した。聞いていたとおり、肌は落ち着いていった。そして、あれこれ買わず、つけない生活が始まった。肌もすっかり慣れた。現在は、せっけんとセリンを中心に過ごしている。

今の健康な状態であっても、8時間は横になって、7時間以上寝ないと夜まで体がもたない。5-6時間が3日も続くと、子どもの頃からのアトピーがでたり、持病の症状顔を出したりする。私の場合、アトピーは「超」がつくほどの危険信号だ。だからこそ、睡眠不足の予兆を感じたら原因を排除する。やめられることはやめ、断れることは断る。 

8時間ベッドで過ごすということは、何かを削ることにはなる。でも、私にとって睡眠は美容以前に生きる土台だ。

美容は、鏡の前より、床にある。

 

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